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挨拶

 このデジタルアーカイブ「乳文化に関わる希少情報」は、世界各地の乳加工技術および乳加工に関連する乳食文化や景観・牧畜について、写真と説明文とにより紹介しているホームページです。世界各地の乳文化の事例を体系立てて理解し、人類の文化遺産とも言える乳文化についての研究を促進することを目的に、このデジタルアーカイブ「乳文化に関わる希少情報」は作られました。
私が乳の魅力と出会ったのはシリア沙漠でした。乳炎天下50℃を越える中、フラフラになって辿り着いたベドウィン(アラブ系牧畜民)の黒いテント。ベドウィンは暖かく迎え入れ、一杯の酸っぱいミルクを差し出してくれました。その酸っぱいミルクを一口ごくりと喉に伝わせる。あーなんて美味しんだろう。その美味しさの感動が身体を振るわせました。程度な酸味のキレと透き通った味が、細胞の隅々まで染み渡っていくようでした。その時の感動を胸に、乳文化のことを知れば知る程に、乳文化の奥深さにのめり込んでいきました。

 搾乳は、遺跡出土の土器分析により遅くともBC6000年代後半には開始されていたと推定されています。ヒツジ・ヤギが家畜化されてから約1000年後のことです。搾乳を始めたことにより、家畜を殺して肉を食さなくとも、家畜を生きたまま留め、その副生産物の乳を利用して生活できるようになったのです。牧畜民と一緒に生活していますと、牧畜民はより多くの乳を獲得するがために家畜を飼養していることが分ります。搾乳という生産活動には、家畜母仔分離・雄の選抜や淘汰・哺乳抑制などの群の構造や管理、搾乳などの諸技術が必要となります。乳文化にまつわる一連の文化項目は、牧畜という生業の核心にあるのです。搾乳こそ乾燥地に適応した生活様式である牧畜を成立させた大きな要因であり、乳を利用することでヒトは新しい食料獲得戦略と家畜管理戦略を生み出し、家畜に生活の多くを全面的に依存できるようになり、生業の一形態としての牧畜を成熟させていったのです。まさに、搾乳という技術の発見は人類史における一大発明であったといえます。

 搾乳・乳加工が牧畜民にとって重要なことが理解されますが、搾乳・乳利用における大きな問題が浮上します。それは、搾乳には端境期があり、乳の生産量が不足しがちな時期があるということです。ヒツジ・ヤギは、乳を出すのは夏から秋にかけてのみで、冬には乳を出しません。そして、乳に一年を通して依存するならば、乳が不足しがちとなる冬をのりきらなければなりません。しかし、だからこそ、乳が豊富にとれる夏に乳を加工するのです。

 乳加工の本質は保存にあります。生乳を乳酸発酵させ、脱水し、天日に曝すだけで、数年も保存可能なチーズへと変貌するのです。搾乳の発明以後、約8000年の時をかけ、人類は乳加工技術と乳製品とを様々に蓄積してきました。ヨーロッパの乳加工技術だけが全てではありません。乾燥地などで生活する牧畜民などは、とてもユニークな乳加工技術を採用し、珍しい乳製品をつくっています。チーズを加工するのに、レンネットではなく酸乳を牧畜民は利用していたり、凝乳とホエイとを煮続けてチーズを加工していたりします。搾りだての生乳を加熱しながら掬い落とし、ウエハース状のクリームをつくっていたりもします。デジタルアーカイブ「乳文化に関わる希少情報」は、世界の様々な地域からの乳文化の詳細を広く伝えていきたいと思っています。

  このデジタルアーカイブ「乳文化に関わる希少情報」が乳文化について勉強している方の参考となり、新しい乳製品を開発しようとする方に何等かのアイデアを提供できれば、とても幸いです。ご質問がお有りの方は、いつでも遠慮なく、お問い合わせ下さい。

デジタルアーカイブ「乳文化に関わる希少情報」
代表
帯広畜産大学
平田 昌弘

平田昌弘

 デジタルアーカイブ「乳文化に関わる希少情報」は、文部科学省科学研究補助金『アジア大陸における乳文化圏の解明とアーカイブ構築』(代表:平田昌弘)、文部科学省科学研究補助金『アジアにおける稀少生態資源の撹乱動態と伝統技術保全のエコポリティクス』(代表:山田勇)、文部科学省科学研究補助金『環ヒマラヤ広域圏における社会と生態資源変容の地域間比較研究』(代表:山田勇)、よつ葉乳業株式会社助成金の支援によって構築されたものです。